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仮処分申立てに対する大阪地方裁判所の判断

 前回3月8日のブログでは「次回はリサイクル・アンド・イコール社(以下、イ社)がどう反論し、裁判所がどのような理由で申し立てを却下したかを解説する。」とした。判決文は住民とイ社の争点2つをあげ、住民とイ社双方の主張を記し、最後に「当裁判所の判断」を記した決定を行っている。大阪地裁の判断は「一部」を除いて、ほとんどイ社の主張を採用していた。その「一部」とは、

 

【争点①】

「住民に申立てによって住民の利益が認められるかどうか」について、イ社が主張した「住民は誤った情報に扇動されて仮処分申立をしている」旨を述べた個所である。裁判所は「住民が健康被害の恐れがあるから操業禁止の仮処分を申立てしたことは当然」である旨の判断を行い、イ社の主張を採用しなかった。

 

【争点②】

「イ社の操業によって住民の人体に悪影響を及ぼす程度の有害化学物質が発生するか否か」で、裁判所は「廃プラに機械的力が加わると人体に有害な化学物質が発生する」という住民側の専門家意見書を認めた。イ社側は 、「講学上(筆者注:理論上)ありうるが、イ社の操業では発生しない。」と述べて否定した。その後、イ社側は先行して操業をしている類似工場のアルパレット社において測定した化学物質のデータを提出し、そこで化学物質が発生することを認めている。

 

 このように争点①と②について住民側の主張を認めているにも関わらず、なぜ住民側の申し出は却下されたのか。以下では大阪地裁の「当裁判所の判断」より要点を抜粋した。

 

1)判断基準

「人格権を違法に侵害され、または侵害される恐れのある者は、侵害行為の差し止めを求めることが出来る。」

「差し止めが行われればイ社の被る不利益も大きいことから、その侵害行為によって被害者が被るおそれがある生命の安全及び身体の健康に対する被害が、社会生活上、受忍すべき限度を超えていることが必要である。」

(筆者注:生命や健康上問題が発生しても、「社会生活上、堪えられないもの」であることが差し止めには必要。その判断は裁判官が総合的に考慮して判断すべきであるという意味。)

 

2)立証責任

「本件施設の操業によって受忍限度を超える被害があることは、住民側が立証すべきである」

(筆者注:公害問題の専門家によれば公害が発生した場合、欧米では加害者がその被害が発生していないことを立証すべきとされており、被害者に立証責任を求める日本の法制度そのものに問題がある。)

 

3)イ社施設の操業による化学物質発生

「住民側が提出した証拠によれば、プラスチックが機械的処理(加熱、摩擦、圧縮等)にともなって化学物質が発生するとしており、裁判所は廃プラから化学物質が発生することを認める。」

「(福井県でイ社に先行してイ社同様の廃プラ・リサイクルを行っていた施設である)アルパレット社の測定調査によって発生が認められた化学物質と同様の化学物質が(イ社施設から)発生する高い可能性があるというべきである。」

「イ社側は類似工場のアルパレット社で発生した化学物質55物質を測定しているが、調査項目が少ないとはいえない、妥当である。一方、住民は調査すべき化学物質について、イ社のように具体的に述べていない。」

「イ社施設での残渣を圧縮梱包する工程では、温度が上昇することがほとんどないから、残渣処理工程から有害化学物質が発生しない。」

「以上の検討結果によれば、イ社施設の操業によって発生すると考えられる化学物質の中には、人体に有害な影響を与える化学物質も一部存在するが、それらの化学物質が住民らの居住地及び勤務地に到達する際には、大気によって相当程度拡散されると推察され、55物質のうちの環境基準(がある物質について)いずれも確実に下回ることが確認できる。」

「環境基準は現に得られる限りの科学的知見を基礎に定められており、イ社施設から発生すると考えられる化学物質が日本産業衛生学会作業環境許容濃度や平成14年度地方公共団体等の有害大気汚染物質の最大値を下回っていることを合せると、イ社の操業による化学物質が住民らの身体に受忍限度を超える被害が生じる高い可能性はない。」

 

4)イ社施設の公共性の有無

「イ社施設は、民間事業者が企業経済活動の一環として行うものである。しかしながら、国は(廃プラの容器包装材の)再商品化を促進することを県や市町村に求めることを容器包装リサイクル法で定め、イ社施設はその法に基づき大阪府が策定した『大阪エコエリア構想』に選定され、公共性・公益上必要性を有する施設である。」

「イ社施設は、寝屋川市都市計画審議会が建築許可し、寝屋川市開発審査会が開発許可し、大阪府知事(太田房江知事)が一般廃棄物処理施設の設置を許可している。」

 

5)化学物質過敏症

「化学物質過敏症は病名も定義も定まっておらず、イ社施設から発生すると予測される化学物質が直接の原因となって住民らに化学物質過敏症に罹患する高い可能性は認められない。」

(筆者注:この判決が行われたのは2005年3月であるが、化学物質過敏症は2009年6月15日に保険適用となっている。2005年には化学物質過敏症についての認識はかなり広まっていたはずである。)

 

 このような論旨により、「以上によれば、住民らの本件申立は、いずれも理由がないから却下する」との判決になったのだった。今回は「筆者注」として問題点を一部コメントした。次回はこの判決の問題点を詳説する。